黄淳樑と徐尚田のセミナー 1990 日本語訳

 
これはカナダのレイ先生(王喬系、Tさんの先生)の弟子のイヴェットさん(女性)という方が、徐尚田と黄淳樑のお二人をカナダに招待してセミナーしてもらった時のものです。けっこう昔から(約25年前)からネットで公開されていたので見たことある人もいるでしょう。何年か前にyoutubeにその時の映像もアップされ、検索すると見れます(セミナーではなくTV取材の映像)。徐尚田と黄淳樑はとても仲良しだったという話は色んな人からよく聞きます。

内容は徐尚田が小念頭を実演しながら黄淳樑が解説をするような形で行われているような感じでしょうか。小念頭の用法説明は内容からして黄淳樑によるものと思いますが、所々、特に後半は訳者による解説や感想が混じっているようです。広東語の口語によるセミナーをイヴェットさん(広東人)が文章化→英訳したものだそうで、そのため「話されたことの本質のすべてが捉えきれてはいない可能性がある」とお断りされてあります。




小念頭


最初の型(小念頭)はアルファベットのようなものです。単語や文章を組み立てることができます。これがなければ何も組み立てることができません。詠春拳の基本です。後の型のコンセプトの多くは最初の型に根ざしています。たとえば、2番目の型(尋橋)の夾手は、最初のセットの窒手と托手を組み合わせたものです。




(脚は)安定した堅固な構造にするために内股の姿勢をとります。カメラの三脚やピラミッドのようなものです。三角形の構造はあらゆる構造の中で最も安定しています。広すぎるスタンスは柔軟性に欠けます。また(戦闘中に)疲労した時に異なる姿勢をとると倒れてしまいますが、詠春拳の姿勢は三角形の特性により依然として体を支えてくれます。



   型の冒頭で手を上下に交差させることで、垂直のセンターラインが決まります。水平の直線を引き、コンパスで直線の上下に十字をの印をつけ、2点間を結ぶと垂直のセンターラインができます。詠春拳のすべての動作はこの中心線に沿って行われます。手を上下に交差させる動作はとても単純で、一見何の役にも立たないように見えます。しかしこの動作を正しく実行すれば、攤手やパンチに対するの防御を適用するための適切な構造と力の使い方を身に付けることができます。




セミナーでは力の強い生徒の誰も、徐尚田師傅が攤手を持ち上げるのを防ぐことができませんでした。師傅は攤手で誰のバランスでも崩すことができ、伏手と膀手でも同じことができました。徐尚田師傅に重いパンチを繰り出しても彼は手を交差させた状態から楽に攤手を振り上げ、相手の力を打ち消しました。受けた人は爆発的な力に衝撃を受けました。



相手と向き合っている時にあなたのセンターラインを相手に打ち込むと(※1)、すべての力が相手のセンターラインに向かい(※2)、左右に逸れることはありません。そうすることで相手はあなたの力の影響をフルに受けることになります。



最初の型のパンチは、肘底を下に向け、下げた状態から手首の動きで行います。このようにして地面を支えとして使います。これによってブルース・リーの 1インチパンチは大きな力を発揮しました。肘を外に出すと体がねじれ、地面がパンチを支える役に立たなくなります。肘が(体幅の)外に出ると力の一部が失われます。(※3



多くの動作では、力を最大限にするために力のラインを分析する必要があります。たとえば、肩を上げてパンチをすると力のラインは拳から腕を伝って肩から抜けます。これは力のラインが地面から上がってくる場合よりもはるかに弱くなります。



圈手は強いパンチを出すために必要な手首の力を鍛えるものです。またパンチ中に手首が曲がって怪我をしないように手首を強化するのにも役立ちます。圈手はミスをしたときに相手に対する自分の位置を変えるためにも使用されます。たとえば相手が右パンチを繰り出し、右手で高攤手をすると、相手の左パンチに対して(ポジション的に)頭が空いてしまいます。この時、上の手を旋回させることでこの空間を作らないよう自分の位置を変えることができます。



詠春拳は効率と関係があります。もしミスをしたら、どうやって体勢を立ち直せばいいでしょうか。例えば、相手が右パンチを打ってきた時にあなたが左膀手を使う場合、これは相手のもう一方の手を気にする必要がないのでよい膀手です。しかし相手の右パンチに対して右膀手を使うと、あなたの頭と下肋骨のエリアが相手の左パンチにさらされることになります。次に左の低いパンチが来たとします。あなたは右に転身しながら右手が高く左手が低い、上下耕手(𢵧手)を使用して、自分のポジションを取り戻すことができます。同様に相手が左の高いパンチで、あなたが左の高い耕手を使うと、あなたの側面と頭は相手の右パンチに対して開いてしまいます。シフティングと梱手(滾手/右低膀と左高攤)を使用してポジションを回復することができます。



徐尚田師傅は攤手、膀手、伏手の構造を非常に効果的に使い、あらゆる種類の力に対応しました。あなたは彼の腕を持ち上げる上げることはできず、彼が腕を上げるのを防ぐこともできませんでした。



最初の型を行うときは、ただリラックスし、すべての力が自然に出てくるようにします。(実際に使う際は)小さな力でできることもあれば、非常に強い力をかけなければならないこともあります。最初の型はその力をどのように加えるのがベストかを教えてくれます。




相手があなたの手首と肘を掴んだ場合、横の撳手(㩒手)を使用できます。この場合、撳手と肩当てを使用して相手の力を振り払い、反撃することができます。腕が背中側に捻られても、腕をまっすぐに伸ばし、手首を回して太極拳や合気道のように伸ばした腕で相手を引っ掛けて投げることにより、最小限の力で脱出できます。あまり力を必要としないよう、技術を正しく適用する必要があります。






最初の型の後方への打撃は、股間への打撃、または掴みに使われ得ます。これはあまり使用されません。誰かに後ろからしっかりと抱えられた場合、あなたは手を体沿わせて後方にスライドさせます。これにより相手はあなたの体を掴みながらも、股間への攻撃から遠ざかるために体を曲げる場合があります。これによって別のテクニックを適用するための動きの余地が生まれます。



肘を上げて横にチョップする動作(拂手/払手)は自然な方法で実行する必要があります。誰かがあなたの肘を押した場合、リラックスした状態で手を広げると相手はバランスを崩すでしょう。

徐尚田師傅は最初の型のKwun sau(※4)の部分で、掌を体の横に戻し指を上に向けました。腕が体の中心に向かって押しつけられた時に、相手の力を横に逃がすためにこれを使います。

 



最初の型の低掌(膀手攤手の後の低掌ではなく、耕手圏手の後の横掌/側掌のセクションを言っている)の部分は第一世代の生徒によってやり方が異なります。黄淳樑師傅と徐尚田師傅は、このように行う人もいる、またはこのように教えられたと言いますが、私たちはこのバリエーション(訳注:誰が何を指して言っているのか不明)の方が好きです。




低掌(上記と同じ横掌のこと)の部分の元のバージョンは、攤手が出て、次に枕手(沉手)、次に圈手、次に低(横)掌打、次に握って收拳というものです。黄淳樑師傅(訳注:徐尚田師傅の間違い)のバージョンでは攤手の後に耕手が続きます。続いて攤手、圏手、低(横)掌打、握って拳を引き戻します。この変化はいくつかの戦闘経験の結果として取り入れられました(※5)。現在、詠春拳の多くの教師がこのやり方を実践しています。






腕を擦る動作(脱手/削手)は手首を強く掴まれたのを外すためだと考える人もいますが、これはうまくいきません。本当の用法は相手に肘などでコントロールされている場合に、この動作のアイデアを使って中心位置を取り戻すことができるということです。




3つ目の型(標指):王喬の「中心を取り戻す」という考えは、黄淳樑の「特殊な状況」やオーガスティン・フォンの「緊急事態」という考えと実際には矛盾しません。(※6



 


 二人の師傅は、すべての形式についてこのような細かい点を数多く説明しました。これは別の場所で文書化されます。



夕方、二人の師傅が再びセミナーを開きました。今回は標指に焦点を絞ることにしました。セミナーには詠春拳を習った人もいれば、まったく格闘技を習ったことのない人もいました。特に強い人が一人いて、とても強いフックパンチの扱い方を知りたがりました。そこでウォン・シュン・リョン師範は、その人にフックパンチを打つように言いました。そのパンチはウォン・シュン・リョン師範が予想していたよりも少し強かったので、少し動揺しているのがわかりました。しかし、師範がパンチを打った人にもう一度打つように言うとよりよい構えを作り、問題なく対処できました。



続き→ 1990セミナー 質疑応答




訳注

※1,  ※2 - ※1の「センターライン」は「中線」を指し、※2のセンターラインは相手の「正中線」を差していると読める。中線も正中線も子午線も全て中心線、センターラインと呼び習わされていていまいちイミフな場合も多いが、普通の基本を言っている。


※3 - パンチにおける沉肘、埋㬹の意味効果を説明している。


※4 - 横拍手-鏟掌or横掌の部分のことを言っているが用語不明。Kwun sauは通常、梱手を指すので間違いと思われる。


※5 - 黄淳樑バージョンではこの部分が2回行われ、1回目は枕手で、2回目は耕手で行う。1回目のやり方は梁壁が教えたやり方で、2回目の方は陳華順に由来する。最初、枕手のやり方だけを教わっていた黄淳樑が実戦で下段攻撃をうまく防御できないことがあり葉問に報告した結果、葉問が陳華順から学んだ耕手の方のバージョンを教えるようになった。これが元で、黄淳樑バージョンではその両方が行われ、他の多くの先生は陳華順のやり方を踏襲している。徐尚田バージョンは耕手で行う。

※6 - 引力歸心のことを言っているのだろう

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